心理学実験1 4枚カード問題 実験レポート
出題形式・題材の違いに対する正答率の変化
―4枚カード問題―
心理学の思考、推論といった分野で「4枚カード問題」がよく紹介されてい
る。これは、構造的には同一の問題であっても、出題形式・題材の違いによっ
て正答率に大きな変化がみられるというものである。化学記号的なカードを用
いた場合と、日常よく目にする社会的ルールを用いた場合では、後者の方がは
るかに正答率が高いのだ。それまでは、人は演繹的に推論するもの、つまり推
論手順の知識さえあれば、人は論理的に答えを導けると考えられていたのだが
Wason&Shapiro(1971)が大学生を対象に4枚のカードを用いた実験を行った
ところ、論理的に考えれば簡単な問題なのにも関わらず、その正答率はわずか
4%に過ぎなかった。しかし、構造的には全く同一な問題で、「未成年者はビ
ールを飲んではいけない」というルールに従った、ビールとコーラを用いた実
験では、その正答率はおよそ8割にも達した(Griggs&Cox, 1982)。
これらの実験で、化学記号的な問題より社会ルール的な問題の方が正答率が
高いことから、人間の脳は、社会のルールに対する不正をよりよく察知できる
ように進化してきたのではないか、という仮説が登場した。しかし、人間は幼
い頃から社会の中で生活していく上で、化学記号的な思考よりも社会ルール的
な思考が必要とされる環境で育ってきている。その成育過程の中で社会ルール
的思考に慣れているだけであって、社会ルールに対する不正をよく察知できる
ということが、脳に基本的に備わっている性質というわけではない、という指
摘もある。
それではなぜ、化学記号的な問題より社会ルール的な問題の方が正答率が高
いのだろうか。この理由についてはいくつかの説があるが、Cheng&Holyoakは
許可スキーマを使用した結果、正答率が上がったと主張している。
許可スキーマとは、
・ もし行為がなされるならば、前提条件が満たされていなければならない
・ もし行為がなされないならば、前提条件が満たされている必要はない
・ もし前提条件が満たされているならば、行為がなされてもよい
・ もし前提条件が満たされていないならば、行為がなされてはいけない
の4つのルールからなる知識のことである。
つまりこの実験において人は、化学記号的な問題(4枚カード問題)では許
可スキーマを使用せず、社会ルール的な問題(ビールとコーラ問題)では許可
スキーマを使用したため、正答率が上がった、ということである。この場合の
許可スキーマの使われ方は次のようになる。
・ もしビールを飲むならば、20歳以上でなければならない
・ もしビールを飲まないならば、20歳以上である必要はない
・ もし20歳以上ならば、ビールを飲んでもよい
・ もし20歳未満ならば、ビールを飲んではいけない
また、社会契約説による理由付けもなされている。コスメディス(1989)によ
ると、人はコストを払わずに利益を得ている「ずるい人」を見つけることがで
る、ということだ。それは、社会契約(コストを払い、利益を得るルール)を
守らない人がいると、自分の身も危うくなるからであり、人は社会で生きてい
く中で「ずるい人」を見つけられるように進化してきた、という考え方である
。
これを、社会契約説という。ビールとコーラ問題にあてはめると、未成年でビ
ールを飲むのは社会ルールを守らない「ずるい人」ということになるのである。
今回行う実験は、これまでに行われてきた4枚カード実験の追試であるが、
改めて心理学専攻の学生を対象に実験を行うことによって、出題形式・題材の
違いが正答率に与える影響について調べることを目的とする。ビールとコーラ
問題の代わりに定期券を題材とした問題を用いたが、この違いが結果に何らか
の影響を与えることも予測できる。同じように社会ルール的な問題ではあるが、
イギリスで正答率が高かった封筒問題が、アメリカではさほど正答率が高く
なかった(Griggs&Cox, 1982)ことからもわかるように、対象者と題材との関係
が結果に影響を及ぼすことは十分考えられるのである。
ここでは、日常でよく目にする社会ルール的問題である定期券問題の方が、
化学記号的な4枚カード問題よりもやはり正答率が高いであろう、と予測した。
この予測と先行研究に基づき、二種類の問題の実験結果を分析する。
方 法
日時
平成14年4月11日(木)、心理学実験観察演習の授業中に一斉に行われた。
被験者と実施方法
被験者はS女子大学の発達心理学専攻の学生である、87名の女性であり、
専攻の必修科目の1つとして実験に参加している。全員が、この実験の実験者兼
被験者である。解答は共通の用紙に列記する形で回収した。
全体を2群に分け(1群44名、2群43名)、1群には4枚カード問題を、
2群には定期券問題を、それぞれ出題した。
問題
・1群:4枚カード問題
I,S,6,5という4枚のカードを提示し、これらが「片面に母音が書いてあ
るカードの裏には偶数が書いてある」というルールに従っているかどうかを調べ
るには、どのカードを裏返して見る必要があるかを問うた。(→付録1参照)
・ 2群:定期券問題
1.
表に有効期限が5月15日と記されているもの、2.裏が黒色のもの、3.
裏が白色のもの、4.表に有効期限が4月15日と記されているもの、の4枚
の定期券を提示し、これらが「有効期限が5月1日以降のものは裏を黒色に書
き換えなければならない」というルールに従うとき、書き換えなくてはいけな
いかどうかを裏返して調べる必要があるのはどのカードかを問うた。
結 果
1群の4枚カード問題では、Iと6を裏返すという答えが一番多く、56.8%で
あった。正解であるIと5を選んだのは、わずか18.1%であった。この問題の解
答の度数分布を表1に示す。
これに対し、2群の定期券問題では、正解の1と3を選んだ人は62.8%であり、
次に多かったのは1のみという答えであった。4の、有効期限が4月15日の定
期券を選んだ人は1人もいなかった(表2)。2群の正答率を比べると、予測通
り2群の定期券問題の方がはるかに高く、この差は明らかに有意であると言える。
表1 1群:4枚カード問題の解答分布
| 答え | 人数 | 割合 |
| I&6 | 25 | 56.8% |
| I&5 | 8 | 18.1% |
| I | 7 | 15.9% |
| 5&6 | 1 | 2.3% |
| 6 | 1 | 2.3% |
| 全部 | 1 | 2.3% |
| 合計 | 44 | 100% |
表2 2群:定期券問題の解答分布
| 答え | 人数 | 割合 |
| 1&3 | 27 | 62.8% |
| 1 | 9 | 20.9% |
| 3 | 3 | 7.0% |
| 1&2&3 | 3 | 7.0% |
| 1&2 | 1 | 2.3% |
| 合計 | 43 | 100% |
考 察
結果で示したように、4枚カード問題と定期券問題の2つの群の正答率には
明らかに有意な差があった。これは、社会的ルールを題材とした問題の方が正
解を出しやすいということと、化学記号的なカードを題材とした問題では条件
の混乱を招きやすく、正解が出しにくいということを明らかにしている。この
結果は、前述のWason&Shapiro (1971)、Griggs&Cox (1982)が行った実験の知見
と一致し、この実験で先に立てた仮説を支持している。
しかし、この実験での定期券問題の正答率は、Griggs&Coxが行ったビールと
コーラ問題に比べて20%程低い。対象者や実験状況、時代の違いがあるので、
この差が有意であるかどうか断定はできないが、有意であるとするならば、そ
の差は定期券とビールという題材の違いに起因するということになる。コスメ
ディス(1989)の社会契約説を用いて考えると、未成年者の飲酒は「ずるい」こ
ととなるが、定期券は書き換えなくては使えないという事実から「ずるい」と
いう感覚は発生しない。これは、人の心に与える印象の大きさに影響している
と考えられる。定期券の場合、間違ったら自動改札が閉まり知らせてもらえる
ため、それほど高いルール意識を持たなくても済むのではないだろうか。これ
に対して飲酒は、未成年であっても物理的にはできてしまうため、自分の意識
の中で「それはいけないこと」と認識していることが必要とされる。
また、生活における頻度の違いもある。定期券は継続的に使う人でも数ヶ月
に1度書き換えるだけだが、飲酒については自分が飲む飲まないに関わらず、
大学生である被験者は特に接する機会が多いだろう。さらに、「未成年の飲酒
は禁止されています」という貼り紙はよく見かけるが、「定期券を書き換えま
しょう」という貼り紙はほとんど見ないし、被験者のほとんどの生活環境にお
いて、既に自動改札は当たり前のものとなっており、新しく磁気化しなければ
ならないということそのものが、あまり身近なものではなくなっている。これ
らのことも、正答率が下がった理由として考えられる。
今回の実験では、解答の回収方法についても若干問題があったと思われる。
複数の被験者の解答を同じ紙に列記するという方法をとったため、自分が用紙
に解答を書き込む際に、他の被験者の解答が見えてしまう。自分と違う解答が
多く書かれていたら、余程自分の答えに自信がない限り、やはり影響されてし
まうだろう。番号だけでなく、その解答を選択した理由が書かれていたことも
その影響を強めたと考えられる。実際、素データを見ると、同じ答えが(間違
っているにも関わらず)連なっている部分が多いことがわかる。しかし、こ
の実験の目的を根底から覆したり、結果に明らかに体系的な影響を与えたりと
いう事実は観察されなかった。
この2つの問題で出た誤答の原因としては、与えられたルールを見た時に、
無意識に与えられていない他のルールを自ら作り上げてしまったことが考えら
れる。例えば条件は「表が母音ならば裏は偶数」というだけなのに、「裏が偶
数ならば表は母音」という条件を勝手に加えてしまう、というようなことであ
る。正答率の差は、この誤った条件を加えるという無意識的な作業が、化学記
号的な問題の方に多く起こったということである。これは、4枚カード問題の
方が、問題をより実感ではなく機械的に考えていることを示している。社会ル
ール的な問題の方が、実感が伴いやすいために、機械的な作業による無意識的
な誤りを避けることができるということである。結論として、この実験は、人
は化学記号的・抽象的思考よりも社会的な思考の方が正確で鋭く、惑わされに
くいということを明らかにした。
参考文献
グラフィック認知心理学 森敏昭・井上毅・松井孝雄 サイエンス社
考えることの科学 市川伸一 中公新書
誤りから探る心理学 沼崎誠・工藤恵理子・北村英哉 北樹出版